皆様、お疲れ様です☆
毎日何人もの患者さんから色々なことを言われ、落ち込んだり喜んだりしていることと思います。
ポジティブ or ネガティブは問いません。
患者さんに言われて印象深かった言葉を教えて下さい! (^^)
採血時に「おたく、意外と優しいんだね!キツイかと思ってた」と。
話し方や行動にいつも優しさを心がけ接しているつもりだったので「・・キツイかと」の言葉に正直愕然としました。
いろいろ反省させられる言葉でした。
「こんなところ長く居るもんじゃないよ。早く結婚して辞めてしまいなさい。」
終末期の方に頂いた言葉です。
ご本人はけっこうこだわりの強いかたでしたが、間違ったことは言っていないと感じました。ご家族の方も穏やかなかたでした。
治療方法や偉そうな医師や看護師の態度に関して々な疑問が沸いてきて、そこを退職しました。
全く後悔していません。
人は薬で治るのではなく、心の持ち方、生活習慣の改善、十分な栄養と休息により治るのです。
床に寝た状態の体重96kgの患者さんを、一人で抱きかかえてベッドまで移乗したら、その患者さんに「姐御」って呼ばれるようになりました。最初は「力士みたい」とか言われたので、「力士」よりはいいかなって思います。
ターミナルの方でした
よく病室に行き、真心をこめてお世話させていただきました
その時に あなたはマリア様のように心が優しいですね 私は死んでもあなたの
幸せを祈っています というお言葉をかけて下さいました
思いだしただけで涙が出そうです
冷や汗出るほど便に苦しんだオペ後の患者さん
先輩の指示で摘便をしたら退院まで毎日「ありがとうね、汚いところに手を入れて……本当に楽になったの。ありがとうね、ありがとうね」って言われました
とても嬉しかったけど先輩の判断のおかげなのと、高齢の方だったので名前を覚えてもらえず「便を掻き出してくれた看護師さん」と退院まで呼ばれました(笑)
便の看護師……いやいいんだけど……嬉しいんだけど……便の看護師……
私が一番辛かった言葉は病棟勤務の時に生活保護の女性の患者様がいらっしいました。余命は時間の問題でした、見舞う家族も心配してくれる友達も誰1人もいなく亡くなった後は大学病院の献体にとの事でした。痩せ細った体に痛々しい点滴の管に繋がれて彼女の言葉に私は涙が止まりませんでした。もう私に何もしないで下さい、静かに行かせてください。点滴を引き抜くからと手を拘束していました。痩せ細った体から一生懸命にしぼり出した彼女の言葉は多分一生忘れません。お亡くなりなり大学病院の献体にと運ばれて行きました。彼女の為に涙を流す人は誰もいません。淋しい最後でした。この言葉で私の看護師の仕事に対する考え方や人間の最期のあり方、人間らしく最期を迎えるとはなど色々と思うきっかけになりました。嬉しかった言葉は沢山ありますね〜今は看護師になって良かったと本当に思います。
No.1様へ
「キツイ」ですか。私も耳が痛いです(_ _;)
真剣になってしまうと、ロボットのように無愛想になってしまうようです。
何度も指摘されて注意しているのですが、無意識のうちに繰り返してしまい、反省の日々です。
でも、本当は優しいって分かってもらえて良かったですね。
私も見習って、成長しなければ!
No.2様へ
その患者さんには、働くNo.2様を見て、何か感じるところがあったのかな?
退職したことを後悔していないとのこと。正しい選択をできて良かったですね。
>人は薬で治るのではなく、心の持ち方、生活習慣の改善、十分な栄養と休息により治るのです。
・・・という文が、心に残りました。
薬を飲んでも体調が回復しないなら、他の部分を見直す必要があるのか・・・。
参考にさせて頂きます。
No.3様へ
96kgの人間を一人で?!それはスゴイ!!さすが姐御(笑)!
それにしても、「力士みたい」だなんて失礼しちゃいますね!
余談ですが、私のストレス発散法はドカ食いです。
この大きなお尻と飛び出た下っ腹、誰かどうにかしてくれ~(苦笑)。
雪子様へ
素敵な言葉のプレゼントです。もしもそんなことを言ってもらえたら、一生忘れられませんね。
「マリア様のよう」と言われた経験のある看護師は、なかなかいないのではないでしょうか。
私はきっと、一度も言ってもらえないまま看護師を終えてしまうのだろうなぁ。
No.5様へ
「便の看護師」という部分だけを聞くと「?!」と思ってしまいますが、その患者さんにとっては、忘れられない看護師さんだったのでしょう。
何とかしてNo.5様を表現しようとした結果、そうなたってしまったのかな(苦笑)?
でも、それだけ感謝していたのですね。
その患者さんにとっては、便の看護師=白衣の天使だったのでしょうから、素敵な思い出ですね。
あみのママ様へ
人生も色々なら死に方も色々。何本もの管に繋がれ、意識も曖昧で意思疎通は困難。もちろん食事も排泄も自力では出来ず、生きている意味が分からない患者さんって沢山います。
そのような人を見る度に、生きている年数が長ければ良いというものではないと、私は思ってしまいます。
静かに逝けることの幸せって、人生の中でかなり重要な気がします。
誰もが幸せな最期を迎えられる国になってほしいものです。
夜勤をしていた頃の話です。
明け方コールで呼ばれ、トイレに一緒に行きました。帰り道、丁度朝日が昇る時間だったので、一緒に東側の窓に行きました。
朝日を見ながら、もうすぐ退院ですね、退院したら毎朝自分の家で朝を迎えられます、良かったですねと言いました。
病院の記念と云っては何ですが、今日の朝日は綺麗で良かったですね…と。
その数日後、訪室すると患者さん同士でお喋りをしていましたが…、「朝日を見せてくれた看護師さん」は、とても良かった、学生さんかな…と。
名前を名乗るつもりはなく、また評価を得たくてした事ではありません。
学生さんかな、ってあたりが色々と考えさせられました。
学生時代であり、私が看護師ではなく養護教諭か保健師を目指した言葉でもあります。
「生きたい。」
この一言です。
私はただ挨拶をするくらいで担当ではありませんでした、
ある日話かけて下さった時に癌と診断を受けて再入院になったことを教えて下さいました。
そして、涙をぽろっと流しながら生きたいと仰いました。
私はただ辛かったです。
大丈夫ですよ、なんて病状を知っていたとしても絶対なんてないのに言えない。
お気持ちわかりますよ、なんて癌でもないのに言えない。
ただそこにいてその方に生きたいですよね…とだけ答えました。
私は病院では働けない、元気な方の健康を継続させられるような仕事に就こうと思いました。
ターミナルの患者さんに、あなたは本当に素敵な看護師さんですね。あなたに出会えてよかった。
と言われて、新興宗教の冊子をいただきました。笑
他のターミナルの患者さんから「死ぬときは、最後まで耳が聞こえているから話しかけて!って言われてるけど、俺が手術した後、麻酔で頭がボーッとしていて、家族に何か言われたか記憶にない。だから、死ぬ間近に何か言われてもわからないだろうな」と。
確かにそうだなと思いました。
No.13様へ
若く見えたので学生さんと思ったのか、もしくは他の看護師はそんな看護をしてくれたことは無かったから、学生さんだと思ったのか・・・。
真意は不明ですが、その患者さんにとっては、他の患者さんに話したくなってしまうくらい良い思い出になったのですね。
そんな気の利いた言動を自然にできる看護師って、憧れます。
私も頑張ろうっと!
まりあ様へ
「生きたい」って、とても深くて重い言葉です。
大丈夫なんて、無責任に言えないって思った経験が私にもあります。
様々な場面で患者さんから質問をされても、実体験は語れないパターンって、よくありますよね。
参考書等で学習したことや、他の人から見聞きしたことを説明することしかできない。そのような時、少しでも役に立ちたいと思うのに、うまく対応できないことにジレンマを感じます。
まりあさんは、看護師ではない仕事をされているということなのでしょうか?
病人が増えないよう、健康な人の体調管理の方を宜しくお願いします!
5才くらいの女の子の処置中。
不安にならないよう・怖がらないようジョーダンを交えて笑いながらも処置が終わりました。
帰り際に「ママ?可愛いお姉さんで良かったネ~お姉さんバイバ~イ」と。
お姉さん (;O;) 可愛い(@_@。笑
次回来られた時も「あ、また可愛いお姉さんだ!よかったー」
先生が来た時はちょっぴり泣いちゃったけど治療も終わりました。良かったね!
こんなおばちゃんにお姉さんだなんて(まんざらでもない 笑)
50才ですけど。笑。
5才の女の子にお気遣い頂き申し訳ありません。
お陰でここ数日仕事が楽しいです。 (*^^)v
看護学生の時でしたが…
外科外来の実習で、カッターの刃を交換使用としたら刃が下へ落ちてしまい、手のひらをざっくりと切ってしまった女子中学生の子と出会いました
お母さんに知られたらビックリされる!と思ったようで一晩我慢して朝一で来られたとの事でした。
治療への恐怖でどんより暗く固い表情をされていて、私もびびりな方だったので自然と声がけが出来たのを覚えてます。
「怖かったね、痛かったでしょう。来てくれてありがとうね。縫うの怖いけど一緒に頑張ろうね」といったような声がけだったと思います。
そしたら患者さん、わんわん泣いてしまって後から来た外来の看護婦さんに「あんた何したの!!」とキレられました(笑)
後でお母さんと患者さんがわざわざ会いに来てくれて「そばにいてくれた看護婦さんがあなたで良かった。安心して治療ができた」と仰られました。
私は社会人上がりの学生だったのですが、これが仕事だったら忙殺されてきっと流れ作業的な関わりになっていたのかな… という反省にもつながり、看護師になった今でも当時の出会いを思い出して患者さんの思いに寄り添い患者さん自身が気付いていないニーズにまでアンテナを張り巡らせるよう心掛けています。
言葉と言うより印象深かった出会いですかね。
看護師になって2年目の頃。
頻回なコールでちょっとしたことを頼んでくる患者さんが、ある夜勤でこんな事を言いました。
「何度も呼んでごめんね。誰にも気づかれないで独りで死んでいくのが怖いんだよ。だからつい呼んじゃうんだよ」
末期がんでほぼ寝たきりになった40代の男性患者さんでした。家庭の事情で家族の面会も滅多にない患者さんでした。
私はこの出来事がきっかけでホスピスに転職しました。
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